代官山 蔦屋書店 オフィシャルブログ
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写真集『Rich and Poor』の復刻とトマ・ピケティ『21世紀の資本』

2015年4月23日17:41
2014年の写真界で地味ながら注目された写真集がありました。

米国の写真家ジム・ゴルドベルグ氏(Jim Goldberg)の写真集『Rich and Poor』です。じつはこの写真集は、36年ぶりの復刻拡大版でした。


左側が初版(1985年)、右側の版型が大きい方が復刻拡大版
(the revised expanded edition)


ジム・ゴルドベルグ氏といえば、シビアな暮らしをつづける80人程のホームレスのティーンエイジャーたちを10年にわたって撮り続け、米国では写真集好きの者からひっぱりだこになったロードトリップ写真集『Raised by Wolves』(Scalo 1995)で広く知られることになる写真家の最初の写真集です。



                        
写真集『Raised by Wolves』(Scalo 1995)



まずどのように注目を再び浴びたのかご紹介しておきます。まずはParis Photo「フォトブック・オブ・ザ・イヤー2014」ベスト7冊のうちの1冊に選定。英国でも「The Guardian」が選定する2014年のベスト写真集の4冊のうちの1冊、またNew Yorkの写真集専門店Dashwood Books須田氏による2014年ベスト写真集10冊のうちの1冊に選定されました。

つまり米国、英国、フランスの写真界で注目され、各専門領域からの選定によってさらに広く注目を浴びることになった写真集の1冊といえます。数多ある写真集のなかでも、30年以上たってから復刻されたということは、時代にもまれ時を超え、新たな光が投げかけられるに値する意味と価値をもつにいたった、ということの証でもあります(その意味で、国内外で復刻に値する写真集は多くあるわけですが、諸々の事情で成立しなかったりします)。






今回の復刻は、ある時代の動きと連動しています。それは2011年にうねりのように巻き起こったマンハッタンの「ウォール街を占拠せよ」の呼びかけでした。この呼びかけのバックボーンになったのが、資本収益率(r)〉経済成長率(g)として、世界各地で翻訳され話題になった『21世紀の資本』の著者トマ・ピケティ氏が説いた一連の経済的不平等だったことは今では広く知られるようになりました。

Steidlのゲルハルト・シュタイデル氏が、ジム・ゴルドベルグ氏に復刻の声をかけたのは、その少しあと西欧にも同じ様な空気が流れはじめた頃だったようです。ベストセラーで儲けをだし「利益重視でない写真集をつくる」をモットーにするMr.Steidlが、この時期ぜがひでも復刻したかった写真集の1冊が『Rich and Poor』でした。 


ちなみにロバート・フランク氏の世界的名作『AMERICNAS』のSteidl版が刊行されたのが2008年でこの時期には費用はすっかり回収されていたはずですし、2014年、また2015年現在も増刷され販売されつづけています。
そして『Rich and Poor』復刻版が、2014年に様々なフォトブック・セレクションに選定されその写真的価値と意義を高く評価されたことは、Mr.Steidlの眼に狂いはなく、慧眼に値するものだったといえるでしょう。


写真集『Rich and Poor』より


『Rich and Poor』とはどんな写真集なのでしょう。
ページをひらけると、上半分に人々の写真が、下段に手書きの文字という写真と文字で組み合わされ、(初版では)全ページがその方法に乗っ取られて構成・編集されています。下方のハンドライティングの文字は、被写体となった人たち自身によるものいなっていて、人物の息づかいやその時の生活感や理想が伝わってきます。



写真集『Rich and Poor』より



米国に「Born and Raised」という「生まれと育ち」という言葉がありますが、『Rich and Poor』はそのうちの「Born」を、10年後にゴルドベルグ氏が出版した『Raised by Wolves』が「Raised」が各々その背景に写し込まれているようです。
もっとも「Raised by Wolves」は、「オオカミに育てられた者は優れた才能をもつ」の意味が含まれており、ホームレスになった少年たちに向けたゴルドベルグ氏の思いが込められています。



写真集『Raised by Wolves』 
冒頭に登場するティーンエイジャーたちのすべての名前が、castとして紹介されている


写真家ジム・ゴルドベルグ氏は、「Rich」と「Poor」の問題について「写真」で何ができるのか、できないのか、つねに考えていたといいます。
その方法が、「富裕層」と「貧困層」のひとたちを、写真集という<同一>の場所にまったく同じ様に併置することでした。「ウォール街を占拠せよ」の風景に見られるように、1%に所属するウォール街の「富裕層」と、「貧困層」を含めた99%のひとたちが、同じ空間や場所を占めることはよほどのことが無い限りありえません。写真集『Rich and Poor』は、その不可能で不過視の出来事が1冊のなかに出現させたのです。






かつて、視点やアプローチが大きく異なるものの、20世紀初頭のドイツの写真家アウグスト・ザンダー氏の屈指の写真集『20世紀の人々ーPeople of the 20th Century』がありました。
同書の中に「中産階級の人々」と「低所得者層」の写真とキャプションが左右に併置されていましたし、「銀行家」「弁護士」とともに「浮浪者」「物乞い」の人々が同じ写真集の中にそれぞれ1ページづつ振り分けられていました。


写真集『20世紀の人々』より 労働者の家族と中産階級の家族




写真集『20世紀の人々』より 公証人



またロバート・フランク氏の『Americans』にもまた黄金の50年代の「Rich」と「Poor」が写し撮られていました。
フランク氏はそのシーンを政治家やハリウッドの高級車に覆われた車カバーや生命保険会社の巨大本社ビル、ハリウッドのプレミアのシーンに「Rich」さがシンボリックに写し込まれましたが、ゴルドベルグのそれはより直接的で生活空間そのものを指し示すのです。 

  



ロバート・フランク『Americans』より


それほどに米国で生き暮らしている者(ゴルドベルグ自身、サンフランシスコの貧困層が多く暮らすストリートにスタジオを持っている)にとって、「Rich」と「Poor」の落差と壁は絶対的で、米国の風景を象徴するものといえるようです。

加えて、リチャード・アヴェドン氏の『OBSERVATION』や『PORTRAITS』やダイアン・アーバス氏の『Diane Arbus(双生児の表紙写真)』(MoMA)や『Magazine Works』にもまた、「Rich」と「Poor」がかたちを変えて、生のスタイルとなって盛り込まれています。



ダイアン・アーバス『Magazine Works』より


写真集というメディア形式は、写真のみならず、構成や編集、デザインを通して<ラディカルさと自由な方法>を提示します。そこでは「Rich」と「Poor」がまったく同じサイズでフラットに対置されたりブレンドされもします。

リチャード・アヴェドン氏は、優れたアート・ディレクターのマービン・イスラエル氏とともに傑作写真集『Nothing Personal』を制作していますが、そのタイトルは「悪気はない」という意味でした。こうした傑作写真集や雑誌がある意味贅沢に出版された60年代と比べ、現在は切実です。その切実さが、復刻版『Rich and Poor』の評価と関心にあらわれているといえます。



ブルース・デヴィドソン『East 100 Street』も一つの参照点


『Rich and Poor』は現在、当店にヴィンテージ初版とSteidl復刻拡張版の両方が在ります。Mr.Steidlとジム・ゴルドベルグ氏がどのように拡大復刻させたか、どうぞ一度ご覧になって下さい。

代官山 蔦屋書店 アート・コンシェルジェ 加藤正樹

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